ルネサンス自然誌における記述、経験、信用 

The Science of Describing: Natural History in Renaissance Europe

The Science of Describing: Natural History in Renaissance Europe

  • Brian W. Ogilvie, The Science of Describing: Natural History in Renaissance Europe (Chicago: University of Chicago Press, 2006), 1–24.

 ルネサンス自然誌についての基本書の序文を読みました。自然誌はルネサンスに成立しましたジャンルです。医学とも自然哲学とも異なる独自の分野としての自然誌に携わっているという意識がそれを実践する者たちに備わったのは16世紀半ばのことでした。その前史にあたる1490年代から1630年ごろまでの自然誌に共通する特徴は、「記述する describe」ことを第一の目標とすることにありました。自分たちが観察するものと、古代からの伝承との齟齬が多様な自然を正確に記述することを促したのです。これは自然哲学や医学の準備段階として動植物の本性を見出そうとした中世や、分類や因果的説明に重点を置く17世紀の自然誌とは異なる傾向性です。

 自然誌をルネサンスの文化と切り離して理解することはできません。古典への傾倒という人文主義的メンタリティは自然誌家に共有されていました。事実を集めねばならないというルネサンス期の観念も、自然誌家たちを駆動しています。収集とパトロン制度の重要性はルネサンス研究の一つの焦点となってきました。自然誌家たちを見ると、彼らが収集したものについての適切な交換のあり方を定めることで自分たちのコミュニティを形作っていました(金銭上の対価を求める交換は認められるけれど、あまりに商業的になってはならない)。自然誌家たちのコミュニティは女性や本草家をしばしば排除するものであったものの、彼らの情報収集はローカルな知識への新たなアプローチを生み出しました。フーコー以来、ルネサンスにおいては動植物の記述と、その動植物についての文献上の言及例の列挙が区別されていない「エンブレム的世界観」が存在したと言われるようになりました。しかし実際には多くの自然誌家はその区別をつけていました。重要なのはむしろ自然神学のような多くの自然誌家に共有されていたスタンスを理解することです。

 経験は科学史研究の焦点となってきました。ピーター・ディアは、繰り返し起こる日々の出来事という意味での経験に依拠するのではなく、特定の一回の出来事の実験が知識の根拠となったことに、科学革命期の根本的転換を見ています。しかし実際には自然誌家たちの「経験」という概念は、普通考えられているよりもはるかに一回きりの出来事を指し示している場合が多かったのです。そのような出来事が他人によって報告された場合に、それを信用してもいいものか。これはシェイピンらが論じる科学知識を生み出すうえで不可欠な信用の問題にほかなりません。自然誌家たちは、報告者が経験を積んだ観察者であればそれを信用することにしていました。しかし報告者が不明であったりする場合は、人文主義者が写本の読みを確定するさいと同じく、他の証言との突合せ・比較という手段をもちいて報告の真正性を検証しようとしました。こうして自然誌の研究は初期近代における経験のあり方と、信用担保の方法という科学史の広い問題に接続することになります。