近代知の再審 二宮宏之「戦後歴史学と社会史」

戦後歴史学と社会史 (二宮宏之著作集 第4巻)

戦後歴史学と社会史 (二宮宏之著作集 第4巻)

 著名なフランス史家による日本の歴史学の回顧を読みました。戦後の日本では皇国史観への反省から、経済構造に基礎を持つ普遍的な基本法則を明らかにしようとする科学としての歴史学が花開きました。この法則にのっとって歴史はあるべき社会へと発展・収斂するという目的論的歴史意識を下敷きに、歴史の発展段階論にしたがってネーション(国民)ごとに発展の特質を類型化することが行われます。その時ネーションの分析単位は民族により、民族内の構造の分析の単位としては階級が使用されました。「戦後歴史学は、『ネーション』の物語としての近代歴史学の精髄であったと言ってよい」(7ページ)。

 特定の時代認識に依拠した戦後歴史学は、高度成長以後の社会状況のなかでその見通しの有効性が疑問視され、同時にその高度に論理的な分析枠組みは歴史記述の画一性をもたらし、歴史学に閉塞感をもたらすにいたりました。このような状況のなか、60年代末から70年代にかけて社会史という従来の分析座標軸の転換を唱える領域が現れてきます。それは普遍性よりもローカルな知、抽象的概念よりも日常の生活世界を重視し、その上でヨーロッパ近代モデルを歴史記述の規準とすることから脱しようとするものでした。身体史やソシアビリテ論は階級、民族といったカテゴリーではとらえられない社会構造や権力支配の仕組みを照らし出すものです。同時に歴史記述もまた一種の表象行為であるということが鋭く意識されるようになり、国民国家論やジェンダー論により、戦後の歴史学国民国家を立ち上げる役割を果たしてきたことが明らかとなりました。社会史の根底にあるのは、普遍主義的科学を目指し理論武装した戦後歴史学、及びそこにあらわれている近代知の再審であったのです。

メモ

だが、近年になると、戦後歴史学から社会史へ、という視座の転換ばかりが強調されてしまい、あたかも発展的歴史学そのものが過去の遺物になったかのような観を呈している。たとえば、二宮宏之氏の報告「戦後歴史学と社会史」は、研究動向の根底にある座標軸の転換や認識論上の展開を明らかにしたものとして、たいへん重要な意味を有するのであるが、そこでは、転換の意義が強調された結果として、現在のわれわれにとって発展的歴史学はすでに意味を失ったのであるかどうか、という点が聊か不明瞭になったきらいがある。(遅塚忠躬『史学概論』東京大学出版会、2010年、60–61ページ)

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