パラケルススとホムンクルス ニューマン『プロメテウスの野望』#3

Promethean Ambitions: Alchemy And the Quest to Perfect Nature

Promethean Ambitions: Alchemy And the Quest to Perfect Nature

  • William R. Newman, Promethean Ambitions: Alchemy and the Quest to Perfect Nature (Chicago: University of Chicago Press, 2004), 195–221.

 中世ラテン世界ではホムンクルスの思想は発展しませんでした。状況が変化するのはパラケルススの登場によってです。パラケルススによれば、自然の過程というのは錬金術的なものです。よって人間が行う錬金術によって自然の過程を再現することができる。では錬金術によって人間の発生も再現できるのでは?実際、1537年に書かれたと思われる擬パラケルススの『事物の本性について De natura rerum』では、腐敗中の糞で男性の精液を40日腐敗させると、精液が動くようになると書かれています。この時点でその生き物は透明で身体を持ちません。それを人間の血でもって40週育てると人間の子供が生まれます。この子供は驚くほどの力と知恵を備えている。というのも、それが技芸によって生み出されたがゆえに、誰かから技芸を学ぶ必要がないから。ここでは中世ラテン世界で想定されていた悪魔の役割は消去され、純粋に自然学的に、人間の技芸の到達点としてホムンクルス製造が論じられています。『事物の本性について』の著者はここで擬プラトン『雌牛の書』に依拠していると同時に、断片化した細部からの生命の復活というモチーフについては、魔術師ウェルギリウスの死と(失敗した)復活の試みというおそらく1500年代前半に生まれた伝承に依拠しています。

 『事物の本性について』は擬作であるものの、真作のなかでもパラケルススホムンクルスに言及しています。彼によればマンドレイクというのはホムンクルスです。それは人間の精液が地面に落ちて形成されたものだというのです。『ホムンクルスについて』という著作では、人造人間は人間の罪深さの現れとして解釈されます。人間が欲望を感じると精液が形成されます。これを外に出し、湿った温かい何かに吸収されれば、そこから怪物、ないしはホムンクルスが生まれます。体の内部に蓄えてもそこで精液は成長し、病気をもたらしたり怪物を形成したりします。これこそ一種のソドミーであるとパラケルススは言います。実際、妊娠が起こらない同性愛者の性行為では、腹や喉に残った精液からホムンクルスが生まれます。怪物的ホムンクルスを生むのを避けるにはどうすればよいか。男性の場合、結婚して子供を生むための性行為を行う。あるいは去勢するしかない。実際、男性の性器は去勢しやすい場所と形状に神によってつくられている。一方女性は去勢ができないため、結婚して男性に従属するしかない。

 妊娠をもたらさない性行為を非難し、去勢により性行為から離脱することに価値を置くパラケルススの考え方に照らして興味深いのは、彼についての伝承と近年の骨の調査からもたらされた知見です。パラケルススの秘書の一人によれば、彼は一切女性に関心がなく、そもそも女性と性的関係を持ったことがなかったと言います。彼が幼少期に去勢されたという伝承も残されています。また1990年にパラケルススの(おそらく真正の)骨格にたいして行われた調査は、その骨盤が非常に広く、彼が何らかのインターセックスの症状を呈していたのではないかと結論づけています。パラケルススは遺伝子的には男性であったが偽半陰陽であったか、遺伝子的には女性であったが副腎性器症候群であったというのです。性に対するパラケルススのアンビヴァレントな姿勢を前にして、彼の性的特徴を考慮しないことは学者としての怠慢となるだろうと著者は論じます。