中世の異端運動 甚野『中世の異端者たち』

中世の異端者たち (世界史リブレット)

中世の異端者たち (世界史リブレット)

 西洋中世の異端運動についての概説書を読みました。大量の情報を手際よくまとめてくれていて実に勉強になります。古代のアリウス派とドナートゥス派以降、西欧では社会全体に広がりを見せるような反主流派は出現しませんでした。しかし11世紀後半からグレゴリウス改革がはじまり腐敗した聖職者への批判が行われると、それに呼応するように教会の現状を告発し新しい信仰のあり方を目指す運動が表面化してきます。商人ヴァルドによる清貧と福音の説教からなる使徒的生活を目指す運動は次第に一つの異端セクトとして教義を整備するにいたり、教会組織と聖書にない実践との否定を唱えるにいたりました。カタリ派は二元論に基づく現世否定論から肉体的欲求(とりわけ性交と肉食)を断ち、魂の救済が約束された完全者になることを目指しました。この異端への対抗からドミニコ会や異端審問制度が整備されることになります。12世紀以後、フィオーレのヨアキムが打ち立てた千年王国論に刺激をうけたフランシスコ会聖霊派や、グリエルマと彼女の仲間たち、そして使徒兄弟団が独自の教義を発展させました。新たなこの世の秩序を求めるのではなく、個々人の霊の救済を求める心性からは、修行により霊的自由を獲得し、教会による秘蹟は必要なくなると主張する自由心霊派が台頭しました。14世紀半ばから15世紀にかけての黒死病の流行、百年戦争の勃発、教皇庁アヴィニョン移転にともなう社会不安はやはり教会批判を生み出し、イングランドウィクリフ、そしてその影響下かにあるボヘミアのフスが教会批判を行いました。16世紀はじめのルターによる教会批判はこれら中世の教会改革運動の総決算とみなすことができます。