卵からの発生 澤井「ウィリアム・ハーヴィの発生論」

  • 澤井直「ウィリアム・ハーヴィの発生論 『すべては卵から』」『ルネサンス研究』VI, 1999年、59–77ページ。

 ウィリアム・ハーヴィの『動物発生論』から、彼の発生論の基本原則を抽出する論考を読みました。ハーヴィによれば有血動物は後成によって発生します。後成とは、当初未分化であった原基が徐々に段階を経て複雑さをましていくことで、最後に完全な器官を具えた動物が形成されるという考え方です。これは発生の当初から器官などの形が与えられており、その後のプロセスというのは最初からある諸形態の増大にすぎないと考える前成説と対をなす理論です。ハーヴィはニワトリとシカの観察から、液質→跳躍点→心臓→諸器官という順に発生は生じると考えました。これにたいして昆虫は後成ではなく変態によって生じるとハーヴィは言います。卵から幼虫が生まれるときと、蛹から成虫が生まれるときは、大きさの変化を伴わずに全く新しい形態が生み出されます。ハーヴィによればこのうち二番目の蛹から成虫が生まれる段階ではじめてある昆虫が生まれたと考えられます。この変態を司るのは、蛹に内在的な力ではなく外的な原理のはたらきかけという「偶然や幸運」です。

それゆえ、これらの動物は、一義的な起源つまり同じ種から永遠に続いていく陸生や水生の有血動物より不完全で、その種を維持できず、永続的ではない。我々はこれらのものの第一原理を自然の、あるいはその生を与える力に帰す。(64ページ)

こうして昆虫はニワトリやシカなどより劣位に置かれます。

 しかし有血動物にせよ昆虫にせよ、発生に関するある共通点を抱えています。それは未分化の状態から形態を具えた動物が形成される過程が発生であるということです。この最初の未分化の状態のことをハーヴィは「卵」と呼びました。「卵はすべての動物に共通な原基である」(66ページ)。卵といえばたとえばニワトリのタマゴが一番分かりやすい例ににあります。ただしハーヴィにとっての卵とは鳥類のそれのようなものに限定されるわけではありません。なにしろそれは「すべての動物に共通」なのですから。たとえば人間のような胎生動物の場合、胚胎が卵と呼ばれます。ニワトリの卵は「外に放出された胚胎」であり、人間の卵は「中に残ったままの卵」であり、どちらも「成長の原基であり、可能態として動物である」(70ページ)。面白いのは昆虫の場合で、ハーヴィは昆虫の受精卵ではなく、幼虫と蛹を卵とみなしています。どうやら変態を経る前の受精卵では「可能態としての動物」という卵の定義を満たさないと彼は考えていたようです。こうして後生にせよ変態にせよ、あるいは胎生動物にせよ卵生動物にせよ、あらゆる発生が卵から生じるということが確立されます。

 ハーヴィが実際に観察した事例は限定的なものでした。彼はその限定的な卵生動物・胎生動物・虫生動物の観察から「すべては卵から」という普遍的原理を引き出し、それにより動物全般についての知識を得るというアリストテレス的なプロジェクトを達成しようとしたのです。

メモ

ハーヴィは特にニワトリである必要はないが、安価で手に入れやすいためにニワトリを観察対象として選んだと述べている。(77ページ)

哺乳類は多くの雌を解剖しなければ発生の様子を観察できないが、一頭一頭が高価なために観察が困難であった。ハーヴィは国王チャールズが狩ったシカの解剖を許されたので、多くの個体を解剖することができた。しかし特にシカである必要はないとしている。(77ページ)