輪を描く旅 金沢、小澤『イタリア古寺巡礼 シチリア→ナポリ』

イタリア古寺巡礼―シチリア→ナポリ (とんぼの本)

イタリア古寺巡礼―シチリア→ナポリ (とんぼの本)

 金沢さんと小澤さんのコンビによる中世の聖堂巡りの記録第3弾です。第1巻は北部イタリア、第2巻は中部イタリアを訪ね、今回の南部イタリア詣にてイタリア編はめでたく完結となります。

 ページを繰るとすぐにも感じられるのは、「ああ、ここは南なんだ」ということです。なんといっても写真が明るい。1巻、2巻と比べると一目瞭然です。この明るさに気候的な要素が一役かっているのは間違いないところですけど、もう一つは南イタリアがかつて置かれていた歴史的状況があります。イタリア南部はイスラムビザンツ神聖ローマ帝国、ノルマン人といった諸勢力がおのれの権益を主張して相争う場であり、それゆえにそこで見られる教会建築にも他地域では見られない文化要素の混じり合いが見られます。その最たるものがパレルモにある王宮付属礼拝堂です。本の劈頭を飾るこの建物にはイスラム建築の手法が用いられていて、色はまばゆく、しかも目をこらすとターバンをまいてチェスに興じる二人組の絵が描かれています。「当代きっての『人種のるつぼ』」であるノルマン・シチリア王国にふさわしい聖堂です。

 構成も一新されています。これまでは各町の聖堂について、金沢さんが美術史家として、小澤さんが歴史家としてそれぞれ交互に解説していました。今回は町を巡る主旋律はすべて金沢さんが奏で、小澤さんはそこに一貫して流れる歴史の通奏低音を2つの長めの記事でアシストするという形式になっています。これがうまくいっています。諸都市の叙述を一手に引き受けた金沢さんのパートは、都市にたどり着き、聖堂を見学し、食事をし、宿につき、眠りにつき、そして次の都市へと向かうという移動する旅人の足跡をそのまま再現しているようです。これによりまるで金沢さんと一緒にイタリアを北上していっているような感覚を読者は楽しむことができます。この擬似旅行でひしひしと感じる異文化の混淆のあり方の歴史的な起源が、小澤実さんによる「ノルマン人 ヴァイキングの末裔がシチリアの王になる」「フリードリヒ2世 『世界の驚異』と呼ばれた名王」によって解き明かされます。

 菅野康晴さんによる写真は相変わらずすばらしい。どれもすばらしいのでどれがいちおしとも言えず、しかもすばらしい以外の形容詞を思いつけない。自分の判断力と語彙力の不足を嘆くばかりです。それでもひとつだけ言っておきたいのは、今回の写真には実に人が多いということです。1巻と2巻にはほとんど人は出てこないのでこれは新鮮です。馬の前で寝っ転がっているおっさんがいるんですけど、このおっさんにはどうやったらなれるんですか?

 この他にも今回からは地図の一部が手描きという新趣向も加えられて、これがまた目をひきます。正直これまでのシリーズではそんなに地図は見ていなかった。今回は金沢さんお手製の地図に導かれて旅をすることができました。気がつけば旅の終着点のナポリです。あれ?このナポリの絵の感じ、なんだかなつかしい。これは第2巻『フィレンチェ→アッシジ』で見たような…と自然と既刊へと手が伸びました。なるほどこうやって古寺巡礼は輪を描くのか。

 『古寺巡礼』シリーズイタリア編の完結巻である本巻はシリーズ最高傑作だと思います。既刊に導かれて中部まで来た旅を完結させるもよし、ここから新たに北上をはじめ中部・北部を目指すもよし。ぜひ手にとってほしい作品です。