「交差した歴史」のプログラム Werner and Zimmermann, "Beyond Comparison"

 「交差した歴史」という歴史記述のプログラムを提示する論考です。仏語圏でグローバル・ヒストリーが論じられるときにしばしば参照されるとのことなので目を通しました。記述はたいへん抽象的です。真にこの論考を消化するためには著者たちが注で引き、抽象化のための素材としている具体的な諸研究にちくいちあたらねばなりません(とにかく注は極めて有用)。それでも内容をまとめるならば、およそ以下のようなことが書かれているように思えます。

 交差した歴史は関係性に焦点を当てた記述を行う点で比較史と親近性を持ちます。しかし比較史は比較する諸項目を固定化してしまうことになります。比較史が抱える共時的アプローチの問題は、諸項目間での様々な人・もの・アイデアの転移(transfer)に焦点を当てることで回避できるかもしれません。しかしこの手法とて転移の出発点と終着点を固定化してしまっています。この固定化は歴史的に正当化できないのみならず、何を固定するかという点に研究者の側の先入観が入り込んでいるため、調査があらかじめ想定したものを追認しているに過ぎないという循環を生みだしかねません。

 研究対象の構築を先入観の侵入を可能なかぎり避けながら行うためのプログラムが交差した歴史です。ここではまず研究領域にある諸要素を他の要素との交錯関係のなかで考察することが求められます。何かを考察するときにそれをそれと関係する別の何かを通じて考えるとき、この別の何かの候補は数多くあります。ここから考察を複合的に積み上げることで、多様なスケール、時間枠組み、適切な分析枠組みを採用できますし、採用しなければなりません。この積み上げの過程のなかで、研究者が当初採用していたスケールなり、時間枠組みなり、分析枠組みなりはたえず修正を受けることになります。こうして多重的な交錯とそこで生じている複雑なフィードバックの様相の考究を、研究で採用する理論枠組みの調整と並行して行うことで、循環におちいることを可能なかぎり避けながら経験的な歴史調査を行うことができます。