故郷を想う植民地帝国の国民たち 中野『詩歌と戦争』

詩歌と戦争 白秋と民衆、総力戦への「道」 (NHKブックス)

詩歌と戦争 白秋と民衆、総力戦への「道」 (NHKブックス)

  • 中野敏男『詩歌と戦争 白秋と民衆、総力戦への「道」』NHK出版、2012年。

 記録を残したり、記録に残されたりするわずかな数の人々の背後に、名も知られぬまま忘れられていく大量の人々がいます。この人々をかりに民衆と名指すとして、民衆がかつてどのような生を生きていたかをとらえることができなければ、私たちの過去の認識はきわめて不十分なものにとどまってしまう。このようなことは多くの歴史研究者によって同意されていると思われます。

 ではこの認識を得るためにどのような史料を使うことができるか。これらについて歴史研究者は異端審問の記録であるとか、日記であるとか、ブックプレートであるとかを用いてきました。中野敏夫『詩歌と戦争』が用いるのは詩歌曲です。もちろん詩歌自体は作詞、作曲家の創作物です。民衆の心情がそこにダイレクトに込められているわけではありません。しかしある詩歌曲が歌われ愛されたということは、それが民衆の心に何らかのかたちで響いたことを意味します。だから詩歌曲は、直接的な記録として残らない民衆の心情を探るための糸口となりうる。

 しかしそれはどんな糸口なのか。ここで少なくとも3つの歴史的説明項を導入することができます。1つはある詩歌を生みだした創作者です。2番目はそれを受容していた人びと。3番目にそれらの人間たちの活動をとりまく経済的・社会的・政治的文脈です(この項はある時代の国際関係や、それを応じて構築された統治の論理というようにさらに細かく細分化できるでしょう)。こう考えたときに陥りがちな罠が、最後の文脈に最初の2つの項を還元してしまうことです。社会状況の効果として創作活動や民衆の心情を理解できれば、これはたしかに了解しやすい図式を得ることができます。しかしこの方途にはあきらかに問題がある。人間の創作活動は一定の自律性を持ち、作品の文脈への還元は許されません。また民衆が社会状況に単に反応するだけの受動的な行為者としてとらえられないことも経験的に説得力をもつように思えます。とはいえ上記3項がまったく相互に独立に自律的に作動しているわけでもありません。

 このように何かが何かの原因となるような強い連関で結ばれているわけではなく、しかしあきらかに歴史的に有意味なかたちで結びついている諸項をどうやって歴史的説明のうちで扱うか。著者は諸項のそれぞれを注意深く分析することから、それらが互いにかみ合い、照応しあうような対応関係をもっていることを明らかにするという手法をとりました。これによりどこかに究極的に説明を還元することが避けられます。創作者、民衆の心情、社会状況のそれぞれが自律性と能動性を持ったものとして現れるわけです。しかしそれらは互いに無関係ではない。むしろなぜ諸項のそれぞれがそのようなあり方をしているのかということは、他項との連関抜きには理解できないことが強調されます。

 本書の論述はしたがって、創作者、民衆、時代背景の3項をからませながら歴史を物語るという格好になります。ある創作者がどのような詩歌をつくったのか。それにはいかなるメッセージがこめられているのか。それに民衆はどう反応したのか。その反応は彼らのどのような心情に起因するものであったのか。そしてそれら創作者と民衆の行為・心情はある時代の状況をいかに構成すると考えられるのか。著者はこれら複数の筋のそれぞれについて分析の精度を確保しながら、それらのあいだの照応関係を明らかにしていきます。これはいうのは簡単です。しかし歴史研究の実作として提示するとなると困難を極めるはずです。

 ではその論述から導かれる結論とは?1920年代から30年代にかけての詩歌曲を糸口に歴史をとらえると、詩歌曲が歌われたことは、個々人が能力に応じて活動し、また地方自治を目指して政治に参画していくことを望む民衆の能動的な動きの反映であったことがわかります。大正デモクラシーにおける政治参加意識の高まりや、関東大震災後の自警団・自治会の組織による自治への要求にあらわれている民衆の行為・心情が、詩歌曲に託されていたのです。そのような民衆側の行為・心情は、国家、あるいは国家を構成する日本人という観念を軸に動いていました。これにより民衆は植民地帝国として対外的に拡張し、戦争を遂行する国家のうちでの自らの位置づけを探りあてようとしていたのです(だからこそ震災にともなう虐殺行為のような「外」と認知された集団への暴力もあらわれる)。とくに新たに生まれていたサラリーマンや中小商店主といった中間層が、国家を基軸にすえた自発的な政治参加、自治の形成を志向しながら、詩歌の歌い手(そして踊り手)として活動することになります。詩歌のうちでは植民帝国における国民的同一性を立ち上げる郷愁の念を抒情的に歌いあげる北原白秋の作品が大きな反響を呼びました。日本人が共有する(多分に仮想的な)故郷を歌うことで、国民の同一性が確保されるという仕組みを抒情詩は内包していました。また白秋はさまざまな地域を日本の一地域として位置づける歌や、さまざまな団体を日本国家を構成する団体としてとらえる歌を提供することで、詩歌を通じての日本国のたちあげに参加していきます。

 こうして植民地帝国として対外拡張・戦争を遂行する国家の国民として、能力に応じて自発的に政治参加を志すことが、郷愁を抒情的に歌いあげる詩歌曲への広範な共感を呼び起こしていたということがあきらかとなります。一見何の政治的含意もない故郷を想う詩が、植民地拡張の時代に国民のアイデンティティを担保しうる。自由、民主主義、自立を唱えて政治参加を志向することがそのまま翼賛体制の構築につながりうるわけです。「しうる」というのは、これらのあいだのつながりが論理必然であるわけではないからです。しかし少なくとも日本のある時代において、このようなつながりがあったことは認識せねばならない。

 本書の歴史記述上の意義は、詩歌曲という芸術上の創作物を通して、記録に残らない民衆の心情を明らかにしたことあると思います。芸術上の描写をある時代状況を切りだす添え物として提示するのではなく、あくまでも創作活動の自律性とそこにこめられたメッセージに拘泥する。そこに徹底的にこだわることではじめて、もはや探知がむつかしくなっているかつての人びとの心情への回路がひらけるわけです。もちろん本書の方法論に異議を唱える道もあるかと思います。たとえば民衆とはなにを名指すのか。新興中間層として民衆の範囲が絞られる後半部はのぞくとして、前半部は民衆という言葉の規定がゆるく、統一的な歴史的主体として民衆をとりあつかうことの妥当性が問題となりえます。また本書で明らかとなった創作者、民衆、時代状況のあいだの連関のあり方を、照応、同型といった言葉を超えてさらに厳密に確定することができるかもしれません。しかしいずれにしてもそのような批判が真に生産的であるためには、それもまた歴史研究の実作を通じて提示される必要があるでしょう。本書で著者が新しい歴史分析のあり方を実作を通して明瞭にさし出してくれたように。