古典伝承の森のなかへ 原「失われた自筆原稿を求めて ダンテ『神曲』のテキストを読むということ」

書物の来歴、読者の役割

書物の来歴、読者の役割

  • 原基晶「失われた自筆原稿を求めて ダンテ『神曲』のテキストを読むということ」松田隆美編『書物の来歴、読者の役割』慶応義塾大学出版会、2013年、47–77ページ。

 私たちに文学作品はどんなふうにあらわれているか。中学の教室を考えてみよう。『源氏物語』なら、平安時代の作品であり、紫式部という人物によって書かれ、書き出しは「いづれの…」云々。生徒は古語辞典をたよりに紫式部の言わんとすることを理解しようとし、教師がその意味を解説する。日本中でみられる光景だ。だがそこで暗黙のうちに前提とされていることがある。教科書に印刷された本文が紫式部の書き残した文章だということだ。そこに疑いはない。作品は多様な解釈にひらかれているとはいえ、とにかく文学作品の本文は与えられ、読者はそれを読み解くことが期待される。

 こうして人は文学に出会う。だが事態はそう単純ではないということも次第に学ぶものだ。ウィキペディアが発達したいまなら、古語を習いはじめてすぐに気がつく人も多いのかもしれない。『源氏物語』はたしかにほぼ確実に紫式部の書いたものではある。しかし彼女の直筆原稿が残っているわけではない。印刷機がない以上、書物は手で書き写されないかぎり伝承されず、この伝承過程を『源氏物語』についてさかのぼってみると、完全な写本は紫式部が死んで数百年後のものにまでしか遡れないことが分かる。しかもその時点で本文の読み方に大量の変種があり、それらを鎌倉時代の知識人がなんとか整備しようとした。よってその知識人たちがなにをしたのかを精密に理解しないと、それ以前に遡ることは不可能である。…といくらでも伝承過程にひそむ複雑性を増大させていくことが可能だ。

 要するに教科書なり日本文学体系なりに収録されている『源氏物語』の本文は、編集者が紫式部から原稿を直接に受け取って組版をして、というプロセスで成り立ったものではない。原基晶の言葉を借りるなら「私たちが手に取る現代の印刷に載っている『神曲』の原文と言われているものは、実は残された幾多の写本から、現代の校訂技術によって復元、いや、合成されたテキストに過ぎません」。『神曲』を『源氏物語』に置き換えてもまったく同じことが言える。ということは次のようなこともまた真である。「失われた自筆原稿を求めて ダンテ『神曲』のテキストを読むということ」の題材はたしかに『神曲』という一作品をめぐる「復元」と「合成」の過程である。しかしそこで著者がしめすテキストへの向きあい方は、およそ長きにわたって伝承されてきた文学作品全体に適用可能なのだ。

 素材は『神曲』の冒頭部である。まず批判にかけられるのが現状の本文である。複数の「現代の印刷に載っている『神曲』の原文」が比較され、そこにみられる解釈の違いが明らかにされる。続いて数多くある『神曲』の現代語訳を用いて、それぞれの訳者がどの本文に依拠して、どのような解釈を打ちだしているかが検証される。面白いのは採用したとされる本文と解釈とのあいだに齟齬があることだ。著者は探偵さながらの手つきでこの齟齬の由来をも解きあかしていく。解釈はもちろんそこでは終わらない。最初期の刊本から最初期の写本にまで検証は進む。

 そこで明らかになるのはなにか。「現代の印刷に載っている『神曲』の原文」にある本文の意味を確定する様々な補助記号は、ダンテ本人が『神曲』を執筆したころには用いられていなかった。そうするときわめて不親切な本文にならないか。これはだが印刷された本文を、一人で黙読するという習慣に慣れ親しんだ者ならではの違和感である。ダンテの時代、文学作品は「同人誌的な、仲間内のサークルのようなところで書き、読まれるものでした」。読まれるというのは文字通り読みあげるということだ。著者が読み上げ、それを聴衆が聞く。聴衆はただ聞いているだけではない。時には意味の不鮮明なところを問いただしたりしただろう。出来に不満を感じたら、訂正案を出すことすらあったかもしれない。「この時代には読者[聴衆]も作品の成立に参加していたと推定できるのです」。

 このような空間では補助記号は多くの場合いらなかったとかんがえられる。その後につけられた補助記号は、著者との対話抜きに本文だけで読者が意味をとれるようにと配慮されたものである。もちろんその中にはダンテ本人が自筆原稿に書き込んでいた指示をとりこんだものもあるかもしれない。だが大部分はそうではないだろう。それは後代の読者による解釈の産物である。そんな作品にどう私たちは向き合うべきか。

ここまで来てお分かりになったでしょうか。現代の読者も、[『神曲』]冒頭三行と同じような校訂者や注釈者の解釈が割れている箇所では、校訂者や注釈者と同じ一人の読者として、写本の何も記号のついていないテキストを思い浮かべながら、どのような読みがより良いのか、自分自身の校訂版を作るつもりで、意味内容を探りながら進んでいかなければならないのです。そしてこの作業の中では、これまでの読者の役割は変わります。当初は、はじめて『神曲』を読む読者は、現代の作品の読者と同じく、テキストに従って作品を読もうとしていました。しかしここまでくると、読者は意味内容を探りながら自分でテキストを整理することになるのです。

 このような読者として、著者が『神曲』冒頭の3行を読んだ結果どうなったか。それをここに記すのは控えよう。その解釈の正しさを判定する能力も私にはない。たしかに言えることは、ここで著者が印刷技術なしに伝承されてきた文学作品を読むとはいかなる営みであるかを、実践を通して示してみせているということだ。それは印刷されたテキストを所与として解釈するという姿勢に慣れ親しんだ者に、これまでとは異なる古典テキストへの接し方をうながす。目の前にある印刷されたテキストを、それが最初に生みだされた環境から、伝承がなされる状況にいたるまでのさまざまな歴史過程の堆積の表層としてみなす接し方だ。だからこそ一度その堆積を掘り進めると決意すれば、何気ない3行の詩文から14世紀イタリアにおける文芸の存在様式にまで立ち返ることができる。同時にこのような接し方はいかなるテキストについても可能というわけではない。それができたのは素材が『神曲』であったからである。冒頭のたった3行が叙事詩全体の構造と呼応しあっているはずだという信頼を解釈する側がダンテにたいして持っているからこそ、徹底的に3行に拘泥して解釈を導くことができる。わずかな言葉に賭ける文学研究の真骨頂がある。

 本論は印刷術以後(「現代の作品」)とそれ以前とを対比させて論じる。しかし近年の研究は印刷術の発明以後も、著者が印刷されるテキストをコントロールすることは容易ではなかったことを強調する傾向にある。著者の原稿が複数あることから生じる混乱、編集者による介入、校正者による修正、遺稿管理人による恣意的な改変(カフカが有名だ)。様々な要因が印刷されたテキストが決定版だという前提を揺るがす。時代によってテキストの安定性に差こそあれ、書かれたものに向きあうとはこれらの要因をかいくぐりながら、いやむしろこれらの要因自体を考察の対象としながら読むということだ。なるほどたしかに「まっすぐに続くみちはどこにも見えなくなっていた」(『神曲』第3行、原基晶訳)。