- Takuya Miyagawa, "The Meteorological Observation System and Colonial Meteorology in Early 20th-Century Korea," Historia Scientiarum 18 (2008): 140-150.
日本が朝鮮半島で1904年から10年代に行った気象観測活動を、それがもった実利的側面、イデオロギー的側面、科学研究上の側面の三つの視点から検証する論文です。まず実利的な観点からは、朝鮮での気象観測は日露戦争の開戦にともない軍に正確な気象予報を伝えるために開始されました。朝鮮を保護国とし、また併合する過程では気象予報の活動により農業生産性を高めることが目指されます。それにより生活状態が改善されることで、朝鮮からの抵抗が弱まり植民地統治が円滑にすすむことを望む狙いもありました。イデオロギー的には従来の朝鮮で王朝が独占していた気象観測事業を日本が引き継いでみせることで、日本が統治の正当性をも王朝から引き継いだかのように振る舞うことができました。電信を通じて気象予報が朝鮮の各地に伝えられることは観測技術と電信技術にあらわれる日本の「先進性」を朝鮮の人々に経験させることになりました。最後に科学研究上の側面として、朝鮮での気象観測は日本のアカデミアの領域となったことがあげられます。15年にわたる気象観測の成果をふまえて、1919年に平田徳太郎は『朝鮮の気象』を出版します。これにより朝鮮の気象は日本の気象学に取りこまれました。もはや気象学者にとっては朝鮮は外国であるというよりも、日本の観測活動によって実態が解明されつつある帝国日本のフィールドとなったのです。