- 作者: Gideon Manning,Mordechai Feingold
- 出版社/メーカー: Brill Academic Pub
- 発売日: 2012/06/01
- メディア: ハードカバー
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- Gideon Manning, "Three Biased Reminders about Hylomorphism in Early Modern Science and Philosophy," Matter and Form in Early Modern Science and Philosophy, ed. Manning (Leiden: Brill, 2012), 1–32.
初期近代の質料形相論を主題とした新しい論文集から、巻頭の一本を読みました。ハイロモルフィズムという言葉と、質料・形相という概念の利用について論じたものです。
ハイロモルフィズム(質料形相論)という言葉は質料と形相を用いる思考法を名指すために今日広く使われている言葉です。しかしこの言葉は古代にも中世にも初期近代にも使われていませんでした。それがアリストテレスの質料形相論を指すようになるのは19世紀の終わりごろからでした(確認されている初出という点では、1818年にシュライエルマッハがハイロモルフィズムという言葉を用いていますが、このときはアリストテレスの物質理論とは関連づけられていません)。Tilmann Peschが1880年に出版したInstitutiones philosophiae naturalisのなかで、現代科学の成果をトマス・アクィナスの「ヒロモルフィクスなシステム systema hylomorphicum」に統合すべきと提唱しています。この後はやくも1890年代の末にはハイロモルフィズムという言葉をアリストテレスとスコラ学の物質理論を指す言葉として説明抜きに用いる例が出現します。ここからハイロモルフィズム=質料形相論という理解が定着したといえます。
現代のヒストリオグラフィではハイロモルフィズムは初期近代の新科学の提唱者たちによって否定されたものの筆頭としてあげられます。しかしウィリアム・ギルバート、フランシス・ベイコン、ニコラス・ヒル、ヨハネス・ケプラー、ダニエル・ゼンネルト、セバスティアン・バッソン、ウィリアム・ハーヴィ、イサク・ベークマン、トマス・ホッブズ、ゴルラエウス、ピエール・ガッサンディ、ルネ・デカルト、ロバート・ボイル、ニコラ・ド・マルブランシュ、アイザック・ニュートンといった人物たちは、それぞれ異なった意味を担わせながら、質料・形相という言葉を使い続けていました。
これは何を意味したのか。アリストテレスは質料、形相、欠如という三つの原理が運動(変化)を説明するためには必要だと『自然学』1巻で説明しています。多くの論者はこの点には異をとなえませんでした。とりわけ変化のとき、変化の基盤となる質料と、変化のすえにあらわれる形相があるという思考方法は初期近代の思想家たちにも否定しえないものに思えました。質料・形相よりも三つの原理のうちの欠如が標的となりました。またアリストテレスのいうような質料と形相が変化には必要であると認めながら、それではまだなにも説明し得ていない、むしろその質料と形相の内実をはっきりさせねばならない、というような主張が機械論者によってなされました。デカルトの嘲笑に有名なように『自然学』3巻にあるアリストテレスの運動の定義は初期近代には強く批判されました。しかし『自然学』1巻で示された運動変化を質料形相の枠組みから説明するという図式は、初期近代を超えて残り続けたのです。