言語論的転回からコンテキストの精緻化へ Spiegel, "History, Historicism, and the Social Logic of the Text"

 言語論的展開を受けたあとに文学テキスト(literary texts)をどう歴史的に解釈するかを方法論的に考察した論考である。いろいろなことが書かれているものの、中核となるメッセージは単純であるように思える。伝統的に歴史学では文学テキストがそれが生みだされた社会的現実を反映するとみなされてきた。ここからコンテキストがテキストを規定し、テキストの意味はコンテキストへの参照により明らかになるというモデルが生まれる。しかし言語論的展開以降、人間が生きる社会的現実もまた言語によって構成されたものであるとみなされるようになる。すると社会的現実も文学テキストも双方とも言語によって書かれたテキストとみなせることになる。こうしてコンテキストとテキストの境界が消滅し、テキストの外には何もないといわれたりするようになる。これにたいして著者はコンテキストのテキストへの還元を避けながら、さりとてテキストのコンテキストへの還元もしない道を模索する。その要点は第一にテキストをコンテキストの産物であるととらえると同時に、コンテキストをなんらかのかたちで生成しようとする営みとしてもとらえること、第二にそこで想定されるコンテキストを地域的・時間的に狭くとり、しかもそれを複数化するということである。たとえば中世に生みだされた俗語の歴史書は、ある特定の階層の置かれた状況に応じて生みだされたものであり、その階層はその歴史書の生産によって自分たちに有利な社会状況を醸成しようとしていたことがわかる。

 従来コンテキストと言われていたものへの感度をあげることで、それがテキストと噛み合う地点を明確化しようということだろう。これにより説明の精度をあげることで、伝統的な歴史学の思考法を守り、歴史文書が指し示す意味を確定する余地を残そうとしている。