対象の拡大と知識の移動 Smith, “Science on the Move"
- Pamela H. Smith, “Science on the Move: Recent Trends in the History of Early Modern Science,” Renaissance Quarterly 62 (2009): 345–75.
ディアのものに続き、初期近代科学史研究の動向をまとめた論考を読む。基本的なメッセージはしごく単純である。一部の巨人たちの手になる新しい世界観の創造を観念や理論のレベルでみてきた古い科学史から離れて、近年の科学史研究は検討の対象を拡大してきた。
拡大はさまざまな水準で起こっている。現代の天文学や物理学の起源を探求するプロト・サイエンスの科学史であっても、それらの活動が営まれる社会的文脈が強く意識されるようになった。たとえば天文学の知識が多くの参画者たちからなるネットワークにおける共同作業から生まれていることが明らかにされている。このほかにも学会、パトロン、モノへの着目が盛んである。
研究対象の拡大は従来科学史研究から除外されることが多かった錬金術や占星術の役割が見直されていることにもあらわれている。さらに初期近代におけるさまざまなタイプの知が認知されることにより、女性、人文主義者(しばしば科学の敵対者と考えられてきた)、職人がもつ自然についての知識や、彼らが自然とかかわることで何かを生みだすさいのテクニックが着目されることになった。これによりラテン語ではない俗語の、あるいは俗語ですら記されなかったような知のあり方が明らかとなってきた。
だがこのように対象が拡大の一途をたどると、科学史はマイクロ・ヒストリーだけになってしまうのではないか。「科学革命」ほどに見やすい見とり図はえられなくとも、すこしでも俯瞰的な語りをすることはできないのか。ここで著者は、知識の移動という分析枠組みが一つの突破口となるとする。知識の移動は異なった社会集団のあいだで起こった。これによりたとえば何かをつくることに従事する人々と、自然哲学により現象を説明する人々が交わることになった。知識の移動はまた地理的な水準で起こった。ここで19世紀以降のヨーロッパによる他地域の強力な支配という現実に引きずられて、初期近代の段階でヨーロッパという中心から知識が他地域へと拡散していくと考えてはならない。むしろ欧州と他地域がグローバルに展開する交易ルートで結ばれたことにより、ヒト、モノ、知識が移動するようになり、この移動の過程のうちで新たな知識形態が生みだされたと考えるべきである。こうした知の移動のなかで、自然、自然に関する知識、そして何かを製作することへの態度が変化していくことになる。1400年から少なくとも1650年までの科学史で語られるべきことはこの点にこそあるという。
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