コカをかむ魔術師 網野「女たちのインカ」

 17世紀南米における女性の魔術実践を扱う論考を読む。16世紀にインカ帝国が滅ぼされると、アンデスではインカの信仰はなりをひそめたとされる。しかし18世紀になるとインカ王の再来を名のる者をいただく反乱がみられるようになる。インカイメージはなぜ再興したのか。それを準備した土壌の一つを、著書は17世紀リマで女性たちがおこなった魔術実践にみてとる。17世紀のリマで白人系、混血系の女性たちに行われた異端審問の記録は、彼女たちが男女の性愛関係の成就・修復を手助けする恋愛魔術をおこなっていたことを伝えている。女性たちが男と結ばれることを願い、同じく女性の魔術師のところへ赴いたというのだ。魔術はコカを中心に実践されていた。術の最中に女性たちはつねにコカの葉をかんでいた。占いの内容はたとえば2枚のコカの葉を金だらいに浮かべ、それらを男女にみたて、水の上での動きからその後の関係を占ったりした。金だらいを使う恋占いはじつはイベリア半島の恋愛魔術に由来する。しかし女性たちが唱えていた呪文のうちには、あきらかにアンデス原産ものもあった。「私のコカよ、母なるコカよ、…私が願うこのことをかなえておくれ、…インカ、コリャ[インカの王妃]の名において。あなたを照らしだす太陽、月の名において」(42ページ)。ここからわかるように、コカを通じての魔術はイベリア半島よりくる伝統と、アンデスのインカイメージの双方をとりこみながら、リマの女性たちに実践されていた。この新たなインカイメージが、18世紀のインカ再興につながった可能性を著者は示唆している。

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