ハスキンズを超えて  Colish, "Haskin's Renaissance Seventy Years Later"

Studies in Scholasticism (Variorum Collected Studies)

Studies in Scholasticism (Variorum Collected Studies)

  • Marcia L. Colish, "Haskin's Renaissance Seventy Years Later: Beyond Anti-Burckhardianism," Haskins Society Journal 11 (1998 [2003]), 1-15, repr. Colish, Studies in Scholasticism (Aldershot: Ashgate, 2006), article XVII.

 1927年に出されたハスキンズの『12世紀ルネサンス』は、ブルクハルトのルネサンス観に対抗して、中世におけるルネサンスの存在を打ちだしたものだった。それから70年がたち、ハスキンズの見通しの多くが修正されてきている。ハスキンズは何よりもラテン語の古典文学の復興を12世紀の革新のバロメーターとしてみてとっていた。そこから彼の研究は、俗語作品への体系的調査を欠くことになった。しかし実際にはラテン語と俗語の文学は相互に影響を与えあっており、一方の認識を欠いて他方を理解することはできない。

 ハスキンズはまた、ローマ法とギリシア・アラビアの哲学・科学の流入を12世紀ルネサンスの中心に見いだしていた。だがこの点での彼の扱いは、それらの伝統の受動的受容に力点をおいており、これは伝統の創造的再利用を強調する近年の研究によって乗りこえられている。実際論理学(これをハスキンズは軽視した)にみられるように、中世ではギリシア・ラテン・アラビアの権威に挑戦し、自律性をもった発展をみせる領域が生まれていた。

 この点では、ハスキンズが哲学・科学の分野でラテン中世が、イスラム世界やビザンツと異なり、その後も継続的な発展を遂げた原因を問うていないのは驚かされる。近年の研究は哲学・科学が大学という一つの場所で神学とともに教えられるようになったことの重要性を説いている。これにより伝統は継続し、また後の科学革命の土壌を準備するような探求態度が生みだされた。

 ハスキンズの書物の最大の特徴の一つは、ブルクハルトの世俗的ルネサンス観を中世に差し戻すことにより、宗教への着目が弱くなっていることにある。この点、近年の研究はスコラ神学の成立過程の探求、そこにある倫理的、ないしはキリスト教秘蹟解釈をめぐる理論への着目、ジャイルズ・コンスタブルの『12世紀改革』による12世紀の宗教生活を総合的に見ようとする試み、そして神秘主義の隆盛への着目にみられるように、宗教に関する事象を12世紀の探求に不可欠な領域として設定している。そこからはまた宗教生活での、さらには文芸一般での女性の役割を調べる研究が生まれてきている。こうして古典古代の復興と世俗化の進行というブルクハルト史観から離れ、これまで注目されて来なかった領域に着目しながら、12世紀を多様で創造的な営みによって構成される一つの時代として解釈することがなされている。

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