神のいる場所:アレクサンドリアのフィロンの寓意的解釈

思想 2012年 02月号 [雑誌]

思想 2012年 02月号 [雑誌]

  • 津田謙治「アレクサンドリアフィロンにおける『神的な場所』の問題:『夢』におけるヘレニズム哲学的な視点を中心として」『思想』2012年第2号、No.1054、48–63頁。

 「創世記」には次のような箇所があります(28:10–17)。

ヤコブはべエル・シェバを出立して、ハランに向かった。彼がとある場所にやって来ると、日が沈んだので、そこに泊まった。彼はその場所の石を取って、枕に据え、その場所に身を横たえた。そして彼は夢を見た。みると、一つの梯子が地に向かって立てられ、その先は点に届いていた。なんとまた、神の使いたちがそれを上り下りしていた。さらにはヤハウェが彼の傍らに立っていた。ヤハウェは言った。…[ヤハウェしゃべる]。ヤコブは眠りから覚めた。彼は言った、「ああ、なんと、この場所にヤハウェがおられたとは。私は何も知らずにいた」。彼は畏怖を覚えて、言った、「この場所はなんと畏れ多いことか。ここは神の家以外の何ものでもない。そう、ここは天の門だ」。

 ここで言われている神の場所(「この場所にヤハウェがおられたとは」)とはなんでしょうか。フィロンが寓意的解釈を適用することで、この問題にどう答えたかを探るのがこの論文です。フィロンはこの場所を3通りの意味で解釈することができるとしています。第一に、物体によって満たされる空間として解釈する可能性があげられます。しかし彼はこの解釈をしりぞけます。なぜならこのような空間を満たしているのは物体であって、神は物体ではないからです。第二に、この場所を神のロゴスとみなす解釈があります。ロゴスというのは神と被造世界を仲介する役割を果たすとフィロンは考えていました。仲介ということでフィロンは非常に具体的な場面を想定していました。「申命記」で神に対して犠牲を捧げるべき場所とされているのが、この神のロゴスとしての場所だというのです。第三の解釈は、この神の場所というのは神自身であるとするものです。神は万物を包摂する(被造物が逃れることのできる場所という聖書からとられた面白い表現が与えられています)一方で、何ものからも包摂されません。したがってそれ自身が場所であるということになります。この最後の推論はアリストテレスによる最外天を 共通の場所とする議論に依拠したものだと推測されます。

 ここからフィロンが神の場所として、神のロゴスと、神自身という2つの可能性を想定していたことが分かります。この区別が「創世記」の別の箇所の解釈にも適用されます(22:3–4)。神が息子のイサクを焼いて自分への供犠にしろとアブラハムに命じた直後のシーンです。

翌朝、アブラハムは早く起き、ロバを荷に乗せた。そして、二人の若者と息子イサクとを連れ、全焼の供犠に用いる薪を割り、立って、神が彼に示した場所に向かって出立した。三日目、アブラハムは目を上げて、遠くにその場所を臨み見た。

 イサクがどうなるかが気になるのはともかくとして、フィロンによれば、ここでアブラハムが目指した「神が彼に示した場所」というのは神のロゴスのことです。ここでも犠牲を捧げる場所をロゴスとみなされています。たいして彼が「遠くにその場所を臨み見た」という場所は神自身だとされます。ここで「遠くに」とあるのがポイントです。なぜなら被造物には神を直接見ることはできず、それから被造物が遠く隔てられているということを「見る」ないしは「知る」ことしかできないということが、このフレーズにより表わされているからです。

 フィロンの場所理論はギリシア哲学の議論の枠組みを使いながら、それを旧約の文言の具体的解釈として展開しています。彼がそこで重視したのは、神、仲介としてのロゴス、被造物という階層構造をなす3種類の場所の捉え方を整理することでした。この神でもなく(少なくとも地上の消滅する定めの)被造物でもない中間の種類の存在者がいかなる場所を占めるかという問題は中世でも盛んに議論されることになります。そうです。天使は場所を占めるかという有名で悪名高い問題です。

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メモ

それゆえに、建築家において前もって形成された都市は、外的に場を持つのではなく、職人の魂に刻印されている。それとまさに同じ在り方で、イデアから成る世界は、それらを正しく秩序付けた神のロゴスより他の場所を持たないのである。『世界の創造』20

…叡智的世界は、今や世界を創造する神のロゴスに他ならない。何故なら、叡智的な[世界の]都市とは、今ここで都市を造り出そうと考える建築家の思惟(logismos)に他ならないからである。『世界の創造』24