bibliotheca hermeticaによる新プロジェクト『BHのココロ』がはじまりました。ヒロ・ヒライが学術的発信を行う言語は、最近こそ英語が主たるものになっているものの、当初はフランス語が中心であったことはみなさんご存知でしょう。たとえば大著『種子の理論』もフランス語で書かれています。また近年では作品がイタリア語やチェコ語(!)に翻訳されるなど、より広い言語圏への浸透が進んでいます。このように研究成果が多様な言語で発表されることは望ましい事態であるものの、日本の読者にとって、とりわけ研究者ではないがルネサンスやインテレクチャル・ヒストリーに関心を持つ人々にとって、フランス語やその他の英語以外の言語で発表されたものがアクセスしにくいものであることは否定できないでしょう。
そこでこの『BHのココロ』の登場です。従来フランス語やその他の言語で発表され、日本語版はおろか英語版すらないようなヒロさんの作品が次々と日本語に訳され届けられるというプロジェクトです。これによりBHのコアな部分が一段と身近なものになると思われます。スコラ哲学から、ルネサンスプラトン主義、化学・錬金術、占星術、ガレノス医学、パラケルスス主義、鉱物学など、要するに初期近代の知的世界に関心がある人にとっては必読のアイテムだと思います。あともう一つの効用として、欧州で通用する論文とは何かというモデルとしても読めるというものがあります。これについてはまた機会があれば詳しく書きます。
すっかり前置きが長くなってしまいました。本日発送された創刊号では2007年のAnnals of Science誌に掲載されたアタナシウス・キルヒャー(1602–80)についての論文(仏語)の前半部が訳出されています。このイエズス会士が展開する独自の創造理論とはどのようなものなのでしょう。「創世記」冒頭部の比較的オーソドックスな解説からはじまる論考は、次第に予想もつかない議論の方向性を示しはじめます。神が最初に創造したカオスのなかには、その後の世界を形成するいかなる原理が隠されていたのか。その原理と塩との関係はいかなるものだったのか。・・・塩? 今日世界の根本的形成原理として塩を認める人間なんてまずいないと思います。なんでそんなに塩をプッシュするのか。キルヒャーの塩押しを支えていた世界観とはいかなるものだったのか。極めつけに、このような思弁的でともすれば空想的とも思われる考察が、どうしてカメラ・オブスキュラ(暗室)の実験や、卵の中身の緻密な観察についての記述と結びつくのか。それを知りたければこちらの門をたたきましょう。