見えるものから見えないものを パラケルススにおける知識、錬金術、医学

Alchemy and Chemistry in the 16th and 17th Centuries (International Archives of the History of Ideas   Archives internationales d'histoire des idées)

Alchemy and Chemistry in the 16th and 17th Centuries (International Archives of the History of Ideas Archives internationales d'histoire des idées)

  • Massimo Luigi Bianchi, "The Visible and Invisible: From Alchemy to Paracelsus," in Alchemy and Chemistry in the 16th and 17th Centuries, ed. Piyo Rattansi and Antonio Clericuzio (Kluwer Academic Publishers: Dordrecht, 1994), 17–50.

 パラケルススの理論の信頼できる総説を読みました。パラケルススは知識の獲得を見えるものを見えないようにして、見えないものを見えるようにすることだと考えていました。たとえば世界を構成する塩、硫黄、水銀の存在は物体の表面からは確認できないため、その存在を確認するには火による分離という錬金術の過程によってそれら可視化せねばなりません。この錬金術の分離の過程は神による世界の創造から人間が持つ技術にまで共通に認められるものです。医学の領域でも錬金術の作法にしたがって不純物が混じった物質から純粋な部分を分離抽出することで薬をつくらねばなりません。錬金術を実践する意義はこの医学分野への適用にあるとして、パラケルススは貴金属を製造するという伝統的に錬金術に課せられていた課題を否定しました。

 パラケルススが伝統的錬金術から引き継いだのはむしろ、二項対立的な思考法でした。賢者の石というのは目に見える物質的な部分を消して、目に見えないスピリチュアルな部分を顕現させることで製造されると考えられていました。パラケルススはこの考え方を独自に発展させて、物質の目に見える部分と目に見えない部分とは密接な対応関係がある。したがって事物の外観からその内奥の性質を知ることができると考えました。徴(しるし)の理論です。

 見えるものから見えないものを知ることは、可視的なマクロコスモスから不可視のミクロコスモスである人体内部についての知を得ることができるというパラケルススの考え方を支えています。この考え方のもう一つの前提は、世界全体が(したがって宇宙も人体も)同一の非物質的な本質をうちに含んでいるという確信でした。この本質は天にある星であるとパラケルススは考えました。彼はしばしば病気というものをこの星辰的な本質が損なわれることによって起こると述べました。これを治すためには損なわれた本質と同じ本質を処方する必要があります。そのためにはまず徴の理論にもとづいて、ある薬草の外観からその不可視の本質を理解し、その本質が人体で損なわれた本質と同じであることを確認します。それから錬金術的分離の作業によって本質とは無関係の不純物を取りのぞいて薬をつくりだせばよいわけです。

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