- 吉本秀之「初期近代における読書と思想 ロバート・ボイルの化学的原子論の場合」『人文科学研究 キリスト教と文化』第43号、2012年、27–49ページ。
知識人はみなしているけれどその実態が見えにくい活動の最たるものが読書です。この読書の実態に迫る研究が近年盛んに行われています。この問題意識をロバート・ボイルに適用した論考を読みました。
初期近代の知識人にとってどうやって効率よく情報を収集・保存するかというのは、彼らの活動の成否がかかった死活的問題でした。様々な証言からは彼らが読書法を大いに工夫していたことがわかります。本を解体して切り貼りすることでコモンプレイスブックをつくる。助手をやとって本を読ませ、重要な箇所を抜き書きさせる。二番目の例からわかるように、読書には一人ではなくチームで行う共同作業という側面があります。この共同作業としての読書による情報収集を効果的に行ったのがロバート・ボイルでした。彼はたとえばみずからが通じていないドイツ語の著作の重要箇所を抜き書きさせ英語訳させています。また弱視であった彼はみずからペンをとることはせずに読書ノートも実験ノートも写字生にとらせていました。このような写字生としてロバート・フックが雇われていたことはよく知られています。写字生といってもフックは真空ポンプを実際につくるなどボイルの名で行われた実験の遂行にさいしてきわめて重要な役割を演じています。
ボイルはみずからの読書技法について次のようにも述べています。「多くの学校で教えられている自然哲学は、アリストテレスとその他の少数の著作家の意見の体系に他ならず、学ぶのが困難というわけではありません。というのは、最近の2〜3名の著作家を精読すれば、習得できるわけですから」(35ページ)。実際に彼の著作を検討すると、彼のアリストテレス主義についてのソースは、ベリガール、スアレス、スカリゲル、ゼンネルトといった少数の著述家に限定されていたことがわかります。とりわけゼンネルトはボイルがその経歴の初期に化学的原子論を提唱するときの主要な根拠を提供していました。