ルーの実験に基づく発生学 佐藤「発生生物学の黎明」

科学思想史

科学思想史

  • 佐藤恵子「発生生物学の黎明 ヴィルヘルム・ルー試論」金森修編『科学思想史』勁草書房、2010年、67–125ページ。

 発生学に実験という手法を持ちこんだヴィルヘルム・ルー(1850–1924年)に焦点を当て論考です。細部まで理解できているかどうかはこころもとないのですけど、おおよそ以下のようなことが書かれています。ダーウィンの進化論により生物がどうして環境に適応した合目的的な形態をとっているかは、すくなくとも理屈としては説明できるようになりました。しかし自然選択のメカニズムは実証されておらず、またこの新たな理論が個体発生のプロセスに適用可能かもわかっていませんでした。ルーはそのキャリアの初期には進化のメカニズムと個体発生のメカニズムの共通性を示そうとしていました。しかし遺伝の仕組みが不明であったという困難などからこの試みはある時点で放棄され、以後彼は個体発生のメカニズムの探求に専念することになります。そこで彼が採用したのが思弁的な考察を実験的に確かめるという手法でした。彼はヨーロッパトノサマガエルの受精卵が二つに分化したのちに、そのうちの片方だけを死滅させると、残り半分から半分だけの胚が形成されるという結果を得ました。胚の分化時にそれが将来なる部分の形態を発現させる力が部位ごとに備わっていることを示す結果です。これは発生学に実験的手法を持ちこんだ革命的手法です。しかしすぐにドリーシュがウニの受精卵をつかって、分化した受精卵の一部を死滅させると、また一から発生がはじまるというルーとは対照的な実験結果を提示します。どうやら発生の過程はきわめて複雑なようです。こうしてルー自身もみとめるように発生に寄与している調整作用はきわめて複雑であることがわかり、機械論的に発生を説明する試みは暗礁に乗り上げることになりました。