アリストテレスの生物学と組織的研究 ロイド『アリストテレス』4章、5章

アリストテレス―その思想の成長と構造

アリストテレス―その思想の成長と構造

 アリストテレス著作集の五分の一以上は生物学に関する論文によって占められています。彼は哲学の領域で組織的・体系的な生物調査を行った最初の人物であり、その著作にはなぜ生物研究が哲学者にふさわしい活動であるかが述べられています。彼の調査は理論は実地の観察(ファイノメナ)にしたがわねばならないとする経験的なものでした。その観察眼の確かさは次のような記述に見ることができます。

川魚の中でナマズの雄は子に対してよく配慮する。というのは、雌は卵を産むと行ってしまうが、雄は卵塊の一番沢山集まっている所に留まって卵の番をするからで、他の小魚が卵や子を奪わないように防ぐこと以外には、何も得る所もないのである。しかしこれを、子が大きくなるまで、40日も50日も続けるのである。漁師たちは雄がどこで卵の番をしているのか、知っている。どうしてかというと、雄は小魚を防ぎながら水流を起こし、ブツブツという音を出すからである。(『動物誌』第9巻第37章、島崎三郎訳)

こんなナマズいないということで長らくこの記述は誤りだとされてきました。しかし1856年にルイ・アガシがこれはギリシアの河にいる特別のナマズの生態を正しく述べたものだと確認し、これをアリストテレスナマズ命名しました。ただし彼の記述に非常にすぐれた観察眼がみられるのはたしかであるものの、そこには民間信仰が残存していることも忘れてはなりません(心臓の記述など)。

 理論的側面については、生成の問題で精子は親の身体全体から引き出されるのではなく、また胎児は成長して具えることになるところの身体の部位を最初はもっていないという後成説を唱えました。これらは基本的には正しい考え方です。動物の分類として彼は生殖方法と胚・胎児の発達の仕方の違いによって動物を五種のグループに分けるということを行いました。ただし彼による動物の区分は試論的なものであると彼自身が考ええていたことを忘れてはなりません。ここで注目すべきはその理論が完全性という理念に貫かれていることです。より完全な胎生動物は、卵生動物よりも上位に置かれます。この他にも彼の生物研究は形相や種の実在性と自然における目的性という理論的枠組みに沿って行われています。この枠組を彼はプラトンから引き継いでいたのでした。

 アリストテレスの生物学には彼が行った組織的研究の成果が随所にちりばめられています。このような組織的研究は彼がアテナイにもどった時期にさらに発展させられました。リュケイオンは組織的な研究を遂行する最初の機関であったといえます。いかなる調査も「私たちにとってよりよく知られたもの」、すなわち具体的個物から開始されるべきであるという信念を具現化していたのがリュケイオンにおける調査活動でした。そこでは歴史研究、国制研究、学説史研究、自然科学研究が行われていました。このような経験的な調査はアリストテレスの思弁的・抽象的な理論志向を後退させたというよりも、むしろ理論面と緊密に結びついて一つの哲学全体をなしていたと考えるべきです。