テキストマイニングが示す『百科全書』の姿 Edelstein et al. "Citation Strategies in the Encyclopédie"

 『百科全書』でどのような著作が引用されているかを、大規模データベースからのテキストマイニングを用いて調査するプロジェクトがシカゴ大学を中心に行われています。そのひとまずの成果報告がJHI誌に掲載されました。まずどのような書物、著者が明示的に引用されているかが調べられます。一般的に王権から出版許可を得ている著作は、書名や著作名を明示したかたちで引かれることが多い。逆に許可なしで流通する書物は、引用されてもそのことが示されないか、あるいはそれを引いている別の著作に言及することで、危険な書物に言及していることを隠すということが行われています。表現をかえれば、引用箇所を明示しないことで全書の著者たちは、危険視されていた思想を諸項目に忍び込ませているのです。

 データの分析からは、何が危険な書物とみなされるかが時間の経過によって変化していることもわかります。ヴォルテールの『哲学書簡』は、『百科全書』の前半部では著者名と書名を明示して引かれることは決してないのにたいして、後半部ではヴォルテールの著作であることを示したうえで引かれるのです。このあいだに『哲学書簡』が危険視されなくなり、同時にヴォルテールの権威が揺るぎないものとなったことをうかがわせます。王権の認可を得ている著作のなかでも、しばしば明示されないで利用されるものがありました。そこから取られる題材が歴史上の挿話であったり、冗談であったり、その他なにか(百科全書項目執筆者からして)トリヴィアルな事柄である場合は、必ずしも引用元を明らかにする必要はないと考えられていたからです。もう一つ正確な引用が避けられた理由として、『百科全書』が広い公衆向けに教育的な目的を持って書かれていたため、あまりに煩瑣な引用箇所の提示はペダンティックな印象を与え、読者を遠ざけてしまうのではないかと危惧されたということがあります。以上のような分析からはまた、ヴォルテールモンテスキューが大量に『百科全書』で引かれていることが分かり、これは全書の思想がスピノザ主義であるというジョナサン・イスラエルの主張を掘り崩すものだとされます。

 これまで知られていなかった典拠が明るみにだされ、それらの情報の集積からいくつかの結論が量的な指標により高い確度でひきだされたことはたしかな前進です(たとえそれが自明なことの追認でしかなかったとしても)。でもなんなのでしょう、この「これじゃない」感は。この成果をなんの屈託もなく提示できる心性から21世紀の『百科全書』研究の一角がスタートしようとしていることに強い驚きをおぼえました。