ルター派における気象現象と神のしるし Vermij, "A Science of Signs"

 ルター派が自然哲学に加えた改変の核心をあきらかにする論文を読む。ルターがアリストテレスの哲学を嫌悪したことはよく知られている。しかしその嫌悪の根拠として、アリストテレスの自然哲学のうちとくに『気象論』を彼があげていたことは注目されてこなかった。ルターによれば気象現象を自然的原因から説明しつくすアリストテレス『気象論』は、もっとも信頼に値しない本であった。気象現象のうちには神からもたらされたサインがなければならないとルターは確信していた。そのようなサインを通じて神は腐敗したカトリックへの不同意を表明しているはずなのであった。

 この考えにのっとってルター派の拠点であるヴィッテンベルク大学やその他の大学において、気象現象をめぐる論考が生みだされた。そこではある気象現象は神からの恵みであると解釈された。また彗星や地震といった現象は神の怒りを表現するものとされた。天に戦闘の模様をかたどった雲が形成されるといった現象(当時よく報告された)も、神からのしるしであると論じられた。一方珍しい現象であっても、ながきにわたって自然的原因からの説明が与えられてきた現象については、それを即座に神からのものとすることはためらわれた。その代表例がカエルやら魚やらの雨が降るという現象だ。このような現象を論じるにあたってルター派の学者たちは、これまで与えられてきた自然的説明と、原因を神に帰す超自然的説明とを併置することとなった。諸説併記が認められるスコラ学の伝統のうえに彼らが立っていたからこそ、彼らは従来の気象論とルター派の要請にあわせて改変することができたといえる。

 ルターはアリストテレス自然主義を嫌った。それゆえに以後のルター派自然哲学は自然的原因にかかわるだけでなく、自然では説明できない事象にもふかい関心をよせることになったのである。気象論はその主戦場となったのであった。