中世哲学における二人のピーター Marenbon, "Peter Abelard and Peter the Lombard"

  • John Marenbon, "Peter Abelard and Peter the Lombard," in Pietro Lombardo: atti del XLIII Convegno storico internazionale, Todi, 8-10 ottobre 2006 (Spoleto: Fondazione Centro italiano di studi sull'alto Medioevo), 225-39.

 中世哲学・神学における二人のピーターは、対照的な運命をたどってきたと著者はいう。アベラールは生前に得た名誉と数多くの支持者にもかかわらず、死後は忘れさられてしまった。その伝記とエロイーズとの関係が知られるのみとなった。対してロンバルドゥスの『命題集』は神学の教科書となり、16世紀にいたるまで読まれ、注釈が加えられ続けた。対比はこれにとどまらない。現代の中世哲学をめぐる書物を見てみよう。アベラールには多くの紙幅がさかれているだろう。初期スコラ学者のなかでの最重要人物という地位が与えられている。対してロンバルドゥスは広く使われた教科書を書いた人物として簡単に言及されるに過ぎない。

 この歴史とそこに見られる対比には、二つの正さねばならない誤解がある。ひとつはアベラールの哲学・神学が忘れ去られたという点である。なるほど彼の名前が後世言及されるのはまれである。しかしその学説は間接的に伝えられていた。なにを通してか。他ならぬロンバルドゥス『命題集』を通じてである。ここからもうひとつの誤解も浮かびあがる。ロンバルドゥスは決して哲学の歴史上軽視してよい人物ではない。彼はアベラールが取り組んだのと同じ神学上の問題に取り組んだ。その論述にはしばしば深い洞察が見られる。『命題集』を本格的分析に値する書物として読まねばならない。この二つの誤解のうち、第一の誤解はラスカムの『ピーター・アベラールの学派』で、第二の誤解はコリッシュの『ペトルス・ロンバルドゥス』によって大きく是正されてきた。

 ここまでが論文の前座である。本体部分ではアベラールの二つの説へのロンバルドゥスの応答が検討される。結論としてはロンバルドゥスはアベラールの学説にある倫理的な含意と、それを支える形而上学に大きな関心を払わなかったとされる。アベラールの倫理的考えがもつ異端的含意のゆえに、きわめて正統的な神学者であるロンバルドゥスはその検討に深入りしなかったのだろうという。この点でロンバルドゥスは「哲学者」アベラールと真の意味で相対することはなかったし、この観点からのアベラールの『命題集』への影響は非常に限定的であると結論づけられる。

 こうみると論文本体では、やはり哲学者としてのアベラールは偉大で、それに比べてロンバルドゥスはみるべきものが少ないという方向性の議論が展開されており、どうも前座であげられた誤解を再生産しているように思える。それは著者の専門上しかたないことだし、またそもそも誤解といってもそこには一定の妥当性があったのではないかとも思える。しかしさしあたって中世哲学・神学に関心を持つ者がこの論文から学ぶべきは前座で展開される二人のピーターをめぐる新しい視座だと思われる。

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