ニューカッスルのフーゴーとオリヴィの許容 Duba, "Souls after Vienne" #2

Psychology and the Other Disciplines: A Case of Cross-disciplinary Interaction (1250-1750) (History of Science and Medicine Library: Medieval and Early Modern Science, 19)

Psychology and the Other Disciplines: A Case of Cross-disciplinary Interaction (1250-1750) (History of Science and Medicine Library: Medieval and Early Modern Science, 19)

  • William Duba, "The Souls after Vienne: Franciscan Theologians' Views on the Plurality of Forms and the Plurality of Souls, ca. 1315-1330," in Psychology and Other Disciplines: A Case of Cross-Disciplinary Interaction (1250-1750), ed. Paul J.J.M. Bakker, Sander W. de Boer, and Cees Leijenhorst (Leiden: Brill, 2012), 171-272.

 論考の前提を置いた著者は、7人のフランシスコ会神学者の学説の検討に移る。ヴィエンヌ公会議は終了したものの、そこでの決定がまだ公布されてはいなかった1314年秋に、ニューカッスルフーゴー(Hugh of Novocastro)が『命題集』への講義を開始した(188-195ページ)。フーゴーはフランシスコ会会士であり、スコトゥス主義者であった。彼の学説はフランシスコ会が共有している説とみなされていた。フーゴーの講義からうかがえるのは、キリストについて誤った見解を抱いている同時代人がいると彼が考えていたことである。その見解とは、キリストは真の意味では死ななかったというものであった。フーゴーはこの説は形相の単数説を正当化するために支持されていると考えた。キリストが死なず、理性的霊魂が残り続けると考えることで、墓のなかのキリストの身体と生前の身体の連続性を保とうというのである。これをフーゴーは否定する。キリストは真の意味で死んでいる。それでもなおその身体は生前の身体と同一である。よって複数の形相を認める必要がある。複数の形相としてフーゴーは3つの形相を認めた。理性的霊魂、感覚的霊魂、そして質料とともに「身体の組成fabrica corporis」を形成する形相である。このうち感覚的霊魂だけがキリストの死に際して消滅する。フーゴーは身体の組成を形成するのは、ひとつではなく、さまざまな器官を形成する多数の形相だと考えた。これら多数の形相からなぜ単一の実体が生じるのか。それはそれらすべてがひとつの質料の形相だからだとフーゴーはした。この考えは実は公会議で批判されたオリヴィの見解に近い。ただしフーゴーは、理性的霊魂が感覚的霊魂の仲立ちによって身体の形相となるとは考えなかった。理性的霊魂は身体の直接的な形相である。いかなる意味でか?この点をフーゴーはあいまいなまま残した。このあいまいさを彼はスコトゥスから引き継いだのかもしれない。以上から分かるとおり、公会議の決定が公布される前の時点では、フランシスコ会内部でオリヴィの見解を部分的に認めることは可能であった。