ギリシアとローマのあいだのガレノス Singer, Galen: Psychological Writings

  • P. N. Singer, ed., Galen: Psychological Writings (Cambridge: Cambridge University Press, 2013).

 ガレノスの新しい英語訳集が出たので、その序文(1–41)を読みはじめる(1–9)。

 ガレノスは医師でありながら、哲学を深く学んでいた。医学を実践するには哲学の素養が不可欠だと考えていたからである。哲学が彼の著作のなかでとくに前面にあらわれてくるのは、論理学と霊魂論を扱う箇所である。じつに彼の霊魂論のなかでは、教義の哲学的霊魂論、医学上の所見、そして倫理的な含意が複雑な関係を形成している。その原因の一端は、ギリシア語の「プシューケー」でさされるものが、生理学的な機能と精神的な機能の両方を司るからであった。

 ガレノスの著作にみられる哲学の性質について考察しようとすると、おもにふたつの対立軸に直面する。ひとつは哲学的伝統といわゆる「第二ソフィスト運動」のあいだの対立である。もうひとつは彼が学識上多くを負っていたギリシアの伝統と、彼がじっさいに活動していたローマの世界である。

 だがこれらの対立は現実のものというより、見かけ上のものかもしれない。たとえばギリシア学知の伝統は、ローマ世界の保護のもとで成り立っていた。そのなかで学識者たちは熾烈な競争を戦っていたのである。それは哲学者たちもそうであったし、いわゆる第二ソフィスト運動の代表者たちもそうであった。この点では哲学と修辞学の伝統はパラレルな関係にあった。さらにギリシア哲学は、プルタルコスエピクテートスの著作にみられるように、都市の喧噪から離れて、心静かにくらすための方策という、同時代の要請に答えた役割も担っていた。ギリシア世界、ギリシア哲学、ローマ世界、第二ソフィスト運動、これらが交差する地点でガレノスは活動していた。